6週間が、終わった日

身体と暮らし

4月22日に左足首の靭帯を損傷して、46日が経ちました。

連載を、これで最後にしようと思います。

第1弾でギプスを外した日のことを書いてから、ハイボルト、超音波、バーレッスン、ルルヴェと、ひとつひとつ書き続けてきました。

第4弾でルルヴェが戻ってきた日を書いた時、ジャンプも回転もまだ先の話でした。

今回はその続きです。そして、締めくくりです。

まとめると、こういう6週間でした。

Day 出来事
Day 1(4/22) 受傷。左足首靭帯損傷。ギプス固定開始
Day 7(4/28) ギプスオフ。ハイボルト・超音波治療開始
Day 22〜26 教える側に復帰。Y’s Balletトレーニングクラス開講
Day 27 バーレッスン復帰
Day 29 ルルヴェ復帰(「痛みはあるものの」の段階)
Day 33 ジャンプ試行。シャンジマンはOK・踏み込みはまだNG
Day 35 東京バレエ コレオグラフィック出演決定(振り変更対応)
Day 39〜40 怪我後初舞台、2日間完走
Day 42 医師の示した「最短6週間」の目安日に到達
Day 45 「踊りたいのに体がついてこない」——一番正直な1日
Day 46 翌日、指導5コマをフルで回した

順番にお話しします。


Day 39〜40:初日の舞台袖で、思ったこと

Day 35に、東京バレエ団のコレオグラフィックプロジェクトへの出演が決まりました。

思い入れのある作品です。

ただ、その時点ではジャンプも左足軸の動きもまだ無理でした。

振りを変えて出ることにしました。

Day 39、本番初日でした。

怪我後の初舞台。ジャンプや左足軸の動きはまだできないけれど、振りを変えてもらいながら、無事に終わることができました。

盛大な喜びでも達成感でもなく、「今日は無事に終われた」という感覚でした。

翌Day 40が最終日でした。

今できることは、全部出しきれたと思います。

今の状態でできることを、全部出した。

終演後、後輩が1時間ずっと足のメンテナンスをしてくれました。

舞台はひとりでは成立しないんですよね。

打ち上げの焼肉は、本当においしかったです。

受傷から40日でこの舞台に立てたのは、怪我した直後から動ける上半身と体幹を積み上げてきたこととは、無関係ではなかったと思います。ただ、これは僕の場合の話です。

Day 42:「6週間」という数字が来た日

Day 41はバレエ団が休みでした。

自分で足首のアライメントを整えて、カッサとカッピングでセルフメンテをして、夜は外部リハーサルへ。

そしてDay 42、2026年6月2日。受傷から42日目。

医師が最初に言っていた「最短6週間」という目安日が、この日でした。

腫れはまだ残っていました。回転もまだ戻っていませんでした。

「この日に完全に元通り」ということではない。

それはずっと分かっていましたが、実際にその日を迎えると、あらためて思い知ります。

この日に届いたのが、渋沢栄一の「論語と算盤」でした。

新しいトレーニングにも挑戦して、本が届いた。

読むのが楽しみでした。

翌Day 43、台風6号が東京に上陸した日でした。

朝方の雨が激しくて、家の中で静かに本を読んでいました。

午後から急に青空が広がって。その窓の外を見ながら、渋沢栄一の言葉を読んでいました。

論語と算盤を1日で読み終えました。

「事の成否にこだわらず、筋を通して人生を全うするならば、成功失敗などよりもずっと価値のある生涯を送ることができる」

渋沢栄一『論語と算盤』

自分の軸を変えずに生きていきたい。


Day 45:踊りたいのに、体がついてこなかった

ここが、この連載で一番書くのをためらった部分です。

Day 45、2026年6月5日。医師の目安日を3日過ぎた日です。

なかなか足が良くならなくて、動けないのがちょっと気持ち的にもしんどかった。

踊りたい気持ちはあるのに、体がついてこない。

正直に書きます。Day 42を過ぎても腫れは残っていて、回転はまだ戻っていなかった。

「6週間で戻る」という期待と、実際の身体の状態がずれていた。

その焦りが、この日の気持ちに出ていました。

踊りたいのに踊れない。それがしんどかった。

ただ、同じこの日に何をしていたかというと——ブリッジルルヴェ、片脚でのブリッジルルヴェ、仰向けでのデベロッペ(足を空中に伸ばす動作)、ランジ姿勢でのルルヴェ……バレエ動作に直結した、かなりきつい複合メニューを11種こなしました。

靭帯が治っていくのには時間がかかります。医師にも教えてもらっていましたが、組織の修復は受傷後6〜12ヶ月かけて続くのが普通の経過とされています(これは一般的な知識として書いていること。個々の回復については必ず主治医の判断に従ってください)。Day 42を過ぎても腫れが残っていたのは、後退ではなく正常な修復の途中だった。その時はそう思えなかったのですが。

踊りたい気持ちがある。それは本当のことです。

バレエ弾のリハーサルや、外部のリハーサルで踊れずすいませんと言いながらリハーサルするのは気が引けましたね。

だからこそ、しんどかった。その焦りをそのまま書いておきたかった。


Day 46:その翌日に、指導5コマをこなした

Day 45の翌日、Day 46です。

朝からY’sのトレーニングクラスを指導して、プライベートレッスン、リハーサル3本。合計5コマを1日でこなしました。

しんどいと感じる日があっても、身体は動いている。そういうことがあるんだなと、この2日間のギャップから思いました。

痛みスコアは1〜3が26日連続で、この日も変わっていませんでした。

もうひとつ嬉しかったことがこの日にありました。それは「またいつか公開したい」話なのでここでは書きませんが。


46日間で、気づいたこと

受傷した直後は、「何日で治る」という問い方をしていたと思います。

実際には、「治る」という状態は一点ではなかった。

歩けるようになる段階

仕事に戻れる段階

バーレッスンで動ける段階

ルルヴェができる段階

舞台に立てる段階

それぞれに区切りがあって、そのひとつひとつに「戻ってきた」感覚がありました。

Day 2に足指グーパー20回から始まって、46日でメニューは127種類になっていました。

怪我前は当たり前すぎて意識しなかった動作を、ひとつひとつ確認しながら積み上げた日々でした。

健康習慣の記事でも書いた修復食(コラーゲンペプチド、マヌカハニー、ゼラチン等)は、Day 1から42日間、毎朝欠かさず続けました。

効果の断言はできませんが、僕は続けていました。

Day 42を過ぎても腫れが残っていて、回転はまだ戻っていない。「完全に元通り」とは言い切れない状態が続いていました。それが正常な経過だったわけですが、怪我をして改めて、自分の身体に向き合っていくという経験をしました。

「軸を変えずに」続けていく

論語と算盤の一文に戻ります。

「事の成否にこだわらず、筋を通して人生を全うするならば、成功失敗などよりもずっと価値のある生涯を送ることができる。」

初舞台を終えた直後、台風が過ぎた後の静かな午後に、この言葉を読みました。

Y’s Balletの指導、ブログ、いくつかの並行事業を続けています。

自分の軸を変えずに生きていきたい。今の自分に一番しっくりくる言葉は、やっぱりこれです。

足首はまだ腫れています。回転もまだ完全ではありません。

それでも、やれることは色々あると思います。


連載5本を読んでくれた方、本当にありがとうございました。

連載はここで終わりにしますが、ブログは続けます。

この46日間で蓄積したトレーニングメニューは、2026年後半か2027年に始める予定のオンラインのコンテンツとして整理していく予定です。

詳細が決まったら、こちらでお知らせします。

引き続きよろしくお願いします。


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この記事は個人の体験談です。足首靭帯損傷の症状・回復期間・トレーニング方法には個人差があります。身体の不調がある場合は、必ず医師にご相談ください。

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