「振りは、なんとか覚えられるようになってきた。
でも作品を踊ると、ただ動いているだけになる」「先生に『感情を込めて』と言われても、何をどうすればいいのか分からない」。
大人からバレエを始めた方から、この系統の相談をよく受けます。
先に結論を書きます。
演技は、才能やセンスではありません。首の付け方、目線の動かし方、表情が変わるタイミング——ひとつひとつは、具体的な技術です。
そして出発点は、気持ちを盛り上げることではなく、「自分が何を表現したいのか」を決めること。
ここが決まると、首も目線も表情も決まっていきます。
僕は東京バレエ団で踊りながら、Y’s Balletという大人向けのバレエクラスを東京で開いています。
この記事では、僕が舞台で役に入るときに考えていることを、ふだんのレッスンで試せるところまで下ろして書きます。
最後に、8月23日(日)の『ジゼル』第1幕ワークショップの案内もあります。
「感情を込めて」が難しいのは、あなたのせいではない
まず、順番の整理から。ふだんのレッスンで、演技を教わる時間はほとんどありません。
バーで身体を整えて、センターでステップを組み立てて、時間が終わる。
僕はレッスンを「音と体のつながりを鍛える場」だと考えています。
以前「レッスンだけでは、届かない。」で、レッスンと土台作りの役割分担を書きましたが、演技も同じ構図です。
踊り方を習う場はあるのに、表現の仕方を学ぶ機会は、なかなかない。
思い当たる場面があると思います。
発表会や作品クラスになった途端、いきなり「役になって」と言われる。
ステップは何年もかけて順番に習ってきたのに、表現だけは、いきなり本番で要求される。
これで出来たら、そのほうが不思議です。
もうひとつ。「感情を込めて」という注意は、結果の説明であって、手順の説明ではありません。
悲しい気持ちを頑張って想像しても、外から見えるものはあまり変わらない。
変えるのは、もっと具体的なことです。ここから、その具体を書きます。
演技の正体は、首・目線・表情のタイミング
僕はこれまで、ベジャール振付の『ザ・カブキ』の塩谷判官と勘平、『ロミオとジュリエット』のロミオ、『M』の聖セバスチャン、クランコ振付『ロミオとジュリエット』のベンヴォーリオ、アシュトン版『真夏の夜の夢』のライサンダー、『ドン・キホーテ』のガマーシュなどを踊ってきました。恋する若者から、悲劇の侍、笑いを取る貴族まで。
どれも、踊ることと同じくらい「演じること」が仕事の役です。
その経験から言うと、パドドゥ(二人で踊ること)でもヴァリエーション(一人で踊るソロ)でも、演技を作っているのは、首の付け方、目線の動かし方、表情の変化のタイミングです。
ひとつひとつが、演技をする上で大事になっていきます。
ちょっとしたことかもしれません。でも、そのちょっとしたことだけで、見ている方に伝わるかどうかが決まります。
そして、大事なのは順番です。首の角度から決めるのではありません。
自分が何を表現したいのか。それが決まると、首の付け方も、表情も、目線の動かし方も変わります。
「感情を込めて」で固まってしまう人は、たいていここを飛ばして、いきなり顔や手の形から作ろうとしている。
逆です。表現したいものが先、首と目線と表情は後。
明日のレッスンで試すなら、この3つです。どれも、身体が硬くても、今日の技術のままでできることです。
- 首の付け方——同じポーズで、顔を見せたい方向に向けた場合と、あえてそらした場合をやり比べてみてください。ポーズの意味が変わるのが分かるはずです
- 目線の動かし方——センターで踊る前に、最初のポーズで「誰を・どこを見るか」を決めてから踊る。「遠くの客席の少し上」でもいいです。目が泳いだ瞬間に、役はいなくなります
- 表情の変化のタイミング——曲の中で「音楽が変わる瞬間」をひとつ選んで、そこで表情を変えると決めておく。緩急は頑張って付けるものではなく、ここから生まれます
Y’s Balletで大人の方と作品のリハーサルをしていたとき、僕が書き残していたメモがあります。
パドドゥの時に、アイコンタクトが出来ない。歩いてポーズをするだけでも音の取り方や緩急をつけることでだいぶ変わる。そこを考えながら踊れるときっと動きの幅が広がる。(2026年6月4日・リハーサル後の記録)
技術の注意ではなく、目線と音の話です。
ステップの上手さが同じでも、ここを考えて踊る人と考えていない人では、見え方が全然違います。
役によって、作り方は変わります。
たとえばガマーシュなら、ちょっと上から目線で、おっちょこちょいで落ち着きがない。
逆に『ザ・カブキ』の塩谷判官や勘平のような思い詰めた役は、ただ項垂れるわけではありません。
目線の持っていき方で、自分なりに「覚悟を決める瞬間」を表現していました。
塩谷判官なら、散り際の前に由良之助へ「あとのことは任せた」と笑顔を見せる。
そこから覚悟を決める表情に変えて、切腹に向かう。
悲しい場面だからずっと悲しい顔、ではないんです。
笑顔があるから、そのあとの覚悟が伝わる。僕なりの、緩急の付け方でした。
以前「大人がパドドゥでつまずく理由」で、二人で踊る楽しさは「アイコンタクトやマイム、一人ではできないことができること」だと書きました。
演技も同じで、相手がいて初めて練習できるものが多いです。
目を合わせる、というだけのことが、一人で受けるレッスンではそもそも練習できないんですよね。
ジゼル第1幕は、「何を表現したいか」が決めやすい
8月23日のワークショップで『ジゼル』第1幕を選んだのは、この作品が「自分が何を表現したいのか」を決める練習に、ちょうどいいからです。
あらすじを簡単に。心臓の弱い村娘ジゼルは、踊ることと、村の青年ロイスに恋をしています。
でもロイスの正体は、身分を隠した貴族アルブレヒト。
しかも婚約者がいる。
ジゼルに片思いする森番ヒラリオンがそれを暴き、すべてを知ったジゼルは正気を失っていく——第1幕の最後は、バレエ史上いちばん有名な演技の見せ場「狂乱の場」です。
第1幕の舞台は、村です。収穫祭があって、村人たちがいて、恋があって、疑いがある。
「歩く」「見る」「驚く」——ステップ以外の全部が表現でできている幕です。
バレエの手振り(マイム)にも、ひとつひとつ意味があります。
「愛している」「誓う」。意味を知って踊ると、形だけなぞっていた場面が、急に言葉になります。
そして、役の状況がはっきりしているから、表現したいものが決めやすい。
ジゼルは、ロイスの正体をまだ知りません。
だから村の場面で表現したいのは、疑いのない恋の喜びです。
それが決まれば、首も目線も表情も、おのずと方向が決まる。
そして正体を知った瞬間、表現したいものが反転して、首も目線も表情も全部変わる——それが狂乱の場です。
「表現したいものが先」という順番を、これほど体感できる幕はなかなかありません。
8月23日、「表現の仕方」を習いに来てください
最後に、ワークショップの案内です。
踊り終わったあとに、「振りを間違えなかった」ではなく「ジゼルの村にいた」と言える75分にしたいと思っています。
相手と目が合う。音で気持ちが動く。
首の付け方ひとつで、見ている人に伝わるものが変わる。
一度この感覚を知ると、他の作品の踊り方も、ふだんのレッスンでの立ち方も、ひとつひとつ変わっていきます。
そして、次にあなたが作品を踊るとき、最初に考えることが変わっているはずです。
振りの順番ではなく、「自分は何を表現したいのか」。
そこから作った踊りは、たとえステップが同じでも、見ている人への届き方が違ってきます。
発表会の舞台でも、きっと。
「作品もののクラスは、ついていけるか不安」「演技なんてやったことがない」。わかります。
でも、ここまで書いてきた通り、演技は才能ではなく、やり方です。
やったことがないのは、習う機会がなかっただけ。
踊るだけでなく、表現の仕方を学ぶ機会は、なかなかありません。だから、この場を作りました。
ゲスト講師に足立真里亜さん・陶山湘さん・本岡直也さんをお迎えして、バーレッスンで身体を整えてから、第1幕の踊りと芝居にじっくり取り組みます。
ジゼル 第1幕 ワークショップ
難しいテクニックを競う場ではありません。
回転やジャンプの高さより、首と目線と表情の話が中心なので、テクニックにまだ自信がない方こそ、持ち帰れるものが多いはずです。
この日いちばん持ち帰ってほしいのは、振りではなく、表現の大事さです。
今日が一番若い日です。挑戦することを怖がらず、やってみてください。

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